☆産褥体操コース、スタート

Category : ドイツで出産
産後の産褥体操コースがスタートしました。家から近いところで開催される10回コースに申し込みました。私以外の人はそのコースのインストラクターであるヘバメに産後訪問のヘバメもお願いしている様子でヘバメとはすでに知り合いのようでした。私のヘバメはコースなどは開催していないのでお願いすることはできませんでした。

体操コースへの持ち物が

大きなタオル
靴下
動きやすい服

でした。

もう私、だまされませんから(笑)。この場合「動きやすい服」というのは持ち物ではなく、家から着て行きます。出産前の準備コースで経験済みです。更衣室なんてありませんからね。

もし出産準備コースに行ってなかったら、現地で着替えるつもりで別で持っていったことでしょう・・・。でも「動きやすい」なんて人それぞれ、そもそも講師であるヘバメがジーンズでしたから。私はスポーツウェアで行きました。ヨガっぽい服装の人もいるし、普通の服の人もいました。っていうか帰りに買い物に寄りたかったんだけどな・・・。なーんてドイツでは気にする必要もなく、そのまま買い物に寄って帰りました。

10回コースですし、これから毎週顔をあわせるしもうちょっとアットホームに自己紹介とかから始まっちゃうのかな?と思って、一応頭の中で練習してたんですよ・・・。でもそんなの一切無くて淡々と始まりましたよ。

赤ちゃん連れOKのコースですが、10名ほどの参加者で実際に赤ちゃんと来ていたのは半分ぐらい。意外にみなさん家に旦那さんがいたりして面倒を見てもらっているようです。

赤ちゃんと一緒の場合、授乳とかオムツ替えとか好きなときに勝手にどうぞ、という感じです。私も結局最後の3分の1ぐらいは授乳で運動できませんでした。

今日、来ていた赤ちゃんの中では娘が一番小さかったかな。ハイハイする子もいました、あとは3ヶ月ぐらいの赤ちゃんかな。娘は終始機嫌よく大人しくしていました。うんちも絶好調でブリブリしてました(笑)

運動ももちろん大切ですが、同じ月齢ぐらいのほかの赤ちゃんと触れ合うことも大切かな、と思っています。来週からは同じヘバメが開催するベビーマッサージコースにも参加します。まあ、今日のような淡々とした感じだとふれあいとかも余りなさそうですけど・・・。それにしても隣にいた男の子(多分3ヶ月ぐらいかな)のおっぱいを飲む音のすごさといったら・・・。そういうことを見るのも新鮮です。






☆ヘバメの役割

Category : ドイツで出産
夏日の合間の小休憩!?雨が降って涼しい1日でした。寝まくった(笑)今まで娘が寝たら家事の時間だ!と思って出来ることをやっていたのですが、今日はそんな娘と一緒に寝てました。ソファーでくっついて。こんなソファーで2人で寝られるのも小さいうちだけですしね。

午前中、友人が娘を見に来てくれました。先輩ママでもある彼女が自分が役立ったもの!ということでドイツのもの、日本のものなど色々ベビーグッズを持ってきてくれました。

hb (1)

そして自分で作るには結構難しそうなんだよねーなんて話していた私との会話を覚えていてくれて、Maxicosiで使うブランケット!さすが裁縫得意の彼女。フリースなので寒くなったら大活躍しそうです!

hb.jpg

さて、ヘバメの話。

妊娠中、大変だったヘバメ(助産師)探し。そしてようやく見つかり、産前に2度訪問がありました。出産後は退院した翌日から訪問開始。

今のところ、土日以外毎日来てくれています。今日の訪問で目立った問題もないので次回は3日後になりました。頻度は減るものの産後5週間は来てくれるそうです。

何かあった場合はいつでも連絡して構わないとの事で携帯番号も教えてくれているし、訪問時以外でもサポートしてくれる体制です。

娘の体重が増えず、授乳に問題があるとわかり、退院時に「今後はヘバメに見てもらいなさい」と言われました。そういう点からもヘバメがいてよかったなとつくづく思ったのです。

ヘバメの訪問時、私のヘバメはまず質疑応答。質問に対して色々教えてくれます。暑い日の過ごし方とか、散歩に出るときの赤ちゃんの服装とかほんと些細なことも全て答えてくれます。

そして実際におむつ交換をし、おむつかぶれがないかとか女の子なので性器の部分の扱い方とか、同時に身体をチェックしてくれます。肌の状態やかぶれ、湿疹など、そしてその対処法。

今日は沐浴の仕方、産後初めての娘にとってのお風呂。耳に水が入らないのかとか心配になるほど豪快でした。大丈夫なんだそうです。

綺麗になったあとはおくるみ指導。日頃は寝袋ですが、今週は暑くなりそうなので暑い日はおくるみがいいそうです。なんか暑そうですけど・・・。でもぐっすり寝てました。

hb (2)

あとは私の切開部分のチェック。今出来る体操やストレッチの指導。授乳の指導や私のおっぱいの状況確認などかな。

短い時間ですが、ヘバメが来てくれると思うと何かあっても聞ける安心感があります。

そして精神的な部分も意識しているような気がします。いつもすごく誉めてくれるし、旦那にイライラしちゃったり、義母の距離感に困っていることとかも、「あるある」だわ、と。

今、ヘバメが抱えているママさんでは、誰も頼れる人がいなくて旦那も仕事ばかりで鬱状態になってしまっているママさんや、残念ながら死産となってしまったママさんの精神的なケアなどもされているようです。

私のような新米ママには本当に心強いヘバメ。残念ながら新しいなり手が減っているのが現状のようです。病院で働く助産婦さんもヘバメと呼ばれますが、今はその病院でのヘバメになる人はいるものの、産後の自宅訪問のヘバメが減っているようです。

前にも書きましたが、ヘバメ探しは妊娠がわかってすぐ(10週)ぐらいには探しはじめた方がよいと思います。







☆産科でのおっぱい訓練

Category : ドイツで出産
また夏日がやって来ました。でも妊婦じゃない分、体感温度は少し低目な気がします。赤ちゃんにとって何が快適なのか、こんな暑い部屋で大丈夫かそれが心配です。ちなみに現在外気温33度。

オムツを替えた瞬間にブーっとうんち
オムツ交換中にうんち、おしっこ
やっと寝た!と思ったのに旦那があやして起こしてしまう
抱っこで寝たけど置いたら泣いちゃう

どれもこれも、あるあるだと思いますが、本当なんだな、と。今は全てが可愛くて許しちゃうし、逆に寝れないと何が原因なのかわかってあげたくてでもわからないもどかしさみたいなのも感じて・・・日々、私も勉強。

さて、病院でのおっぱいトレーニングの話を。

母乳で育てたいという思いはもちろんありましたが、そこまで強く思いつめているわけではなく、娘がしっかり育ってくれるなら母乳でもミルクでも構わないとは思っていました。でも今まで色んな赤ちゃんを見てきて、ママのおっぱいを吸う姿の可愛さに、ずっと憧れていたのは事実。願わくば母乳で、という思いでいました。

産んですぐに初乳をあげましょう、とトライするも赤ちゃんがくわえず上手く行かず、それでもその後、私が寝たきりの状態で授乳にトライし、びっくりするほどの吸引力に赤ちゃんの生命力を感じました。それにしてもこんなに痛いんですね・・・想像以上でした。

最初はおっぱいは出なくて当たり前、と看護婦さんに言われ土曜の深夜に産まれてからの月曜の夜、看護婦さんがマッサージしてくれて水のような透明なのが出てきていることに気づき、いい兆候だと褒められました。3時間おきに授乳し、乳首は切れて痛いし体は動かないしで大変でしたが、残念ながら娘は生後の自然体重減の許容範囲を超えて体重が少なくなる一方。

翌朝、看護婦さんがやってきて体重が増えていないからと授乳を見てくれたのですが、本来上あごと舌の間に入るべき乳首が、舌の下に入っているか、舌の長さが届いていないかでしっかり吸えていないと指摘されました。こんなに吸引力があるのに!と私は驚きましたが、吸うだけじゃおっぱいは出ないとの事。赤ちゃんの舌の動きがあって初めて出るんだと教えてくれました。

とりあえず3時間おきに私は搾乳、旦那は娘にチューブを通して授乳することに。私の搾乳分を入れて30mlを1度に与えること。足りない分はミルクで補うことになりました。

その日、出産から72時間後に行われる赤ちゃんの検診があり、体重減少以外は問題なし。明日、体重が更に減っていたら退院は許可できない。増えていれば家に帰って大丈夫だとの事。

通常、10%の体重減までは許容範囲らしいのですが、娘は11%でした。3480gで産まれたのが3115gにまで減っていました。たかが1%って思いますが、小さな体の赤ちゃんにとっては大切な数字なんだそうです。

最初は搾乳しても数滴しか出ず、しかもものすごく痛くて・・・。搾乳ってこんなに痛いんだとびっくりしながら苦しいけれど娘のためだ!と思って頑張りました。両乳同時搾乳で自動でポンプが搾乳してくれるのですが、搾乳機とおっぱいの接合部分?が上手く密着していなくてせっかく搾乳したお乳が漏れてしまったり、それはそれは慣れるまで大変でした。

途中からは、時間はかかるけれど片方ずつやったほうが確実なので作戦変更。数回目からは1回の授乳に必要な30mlは搾乳できるようになりました。

一方、赤ちゃん側のトレーニングは、旦那の指にとてもやわらかい細い管をつけ、娘が旦那の指を吸います。そのときにミルクが流れる仕組みになっていて、旦那はその管に注射器で少しずつミルクを入れていきます。

Unbenannt_20150804002026199.jpg

これが、娘には疲れるのか途中で寝てしまってなかなか進みません。3時間ごととは言うものの、1回の授乳に1時間以上はかかってしまいました。朝から夜中、そして翌日のお昼までこのトレーニングを3時間おきに続けました。私は搾乳を続けました。

夜、搾乳を終えて3時間後に目覚ましを掛けて寝たのですが、今まで娘がお乳を吸えていなかったことに気づいてあげられなかった申し訳なさで涙が止まらず、ずっと泣いてしまいました。別にミルクを与えることに罪悪感は無くて、とにかく娘が育ってくれればどんな形でも構わないと思ってはいるのに、なんかすごく申し訳なくて、出産後からまともに何も出来ない母としてのふがいなさにも涙。

夜中、友人と交わしたメッセージでまた涙・・・。そして胸が熱を帯びてものすごくパンパンになって痛くて痛くて眠れない。今まで帝王切開で動けなかった身体が、次は胸の痛さで寝返りすら出来ない状態。

寒気も感じて、怖くなって看護婦さんを呼びました。おっぱいの状況を見てくれて「今、お乳を作り始めた状態だから大丈夫、少し冷やすと楽だから」と冷却剤を持ってきてくれました。寒気を感じるのもおっぱいが熱を持っているから、とのこと。色んな気持ちが入り混じって看護婦さんの前で泣いてしまって、大丈夫よと励ましてくれたあの日の看護婦さんには感謝感謝です。

「3時間後、寝過ごしてないか見に来るからね!」と出て行った後も、涙が止まらなくて一睡も出来ず3時間が経過。そして次のトレーニング開始。トレーニングに使うグッズをその看護婦さんが持ってきてくれたときに、私にこっそり「寝てないでしょ?」と聞いてきた。「みんなそうよ、旦那さんはグースカ寝るものよ、あなただけじゃないからね。頑張りなさいね」って。あの言葉には励まされたなあ・・・。

旦那も3時間おきにちゃんと起きて頑張ってくれました。でも旦那はとにかく退院したくて頑張っている感じ。私は無理して体重を増やさなくても、ここで看護婦さんたちに見守られていたほうが安心だから、別にあと1泊や2泊、長くなっても構わないと思っていました。でも一方で、家に帰ったほうがリラックスできていいのかもしれないな、という気持ちもありどっちつかずの意思だった私。でも、それじゃいけないと思って、「明日、3人で家に帰る!」と目標を持って気持ちを入れ替え、3時間ごとの痛い搾乳を乗り越えました。

翌日、ドキドキの体重測定。

結果は3120g、前日より5gだけ増えていました。

00 (17)

あれだけ頑張ったけど5gなんだ・・・と思ってしまいましたが、小さな身体の5gは大切な数字。そして無事退院が許可されたのです。薬局でレンタルできる搾乳機を使って家でも搾乳するようにと言われ、その処方箋をもらいました。

「ここから先は、ヘバメと一緒にやっていきなさい、ヘバメは見つかっている?」と聞かれ、このときほどヘバメがいてよかったと思ったことはありません。小児科の先生にもヘバメは見つかっているか?と確認されて、やはりこういう状態になったときヘバメの存在というのは大きいんだと気づきました。もし見つかっていなかったら退院を延期するのか、通院するのかその辺もきっと対応はしてくれたんだと思います。

また私のヘバメはその病院のあるエリアを中心に活動しており、1988年からヘバメをしている大ベテランということで病院の先生も看護婦さんもみんなそのヘバメのことを知っていました。

私が出産したかどうかも時折病院に連絡して確認してくれていたり、退院が決まる前も、こんな問題が出てしまっているとメッセージを送っておいたので、産後の訪問1回目から授乳を中心に診てくれました(ヘバメの話はまた別の機会に)。

とはいえ、ヘバメが来てくれるのは退院翌日から。退院したその日とヘバメが来るまでの1日をどう乗り越えればいいのか・・・。病院からはミルクをもらい、これをあげなさいとのことでしたが、管とか注射器とかはもらえず哺乳瓶で与えなさいとのこと。

家に帰るその道すがら哺乳瓶を買い、家で搾乳したミルクをあげてみたところ、ものすごい勢いで飲み干しました。哺乳瓶ってそんなに簡単に飲めるようになっているんだ、ということに驚きました。逆さまにするだけで中のミルクが出てきますからね。

そしてそんなにたくさん早く飲めるんだね、ということにもびっくり。お腹空いてたんだな・・・。退院して家に戻ったら、予想以上に長く家を空けていたこともあり、休暇から帰ってきたような感じ。洗濯物も多いし、何かと荒れているし(きれいにして行ったのに、途中で旦那が何度か帰ってきているのでそのときに荒れてた・・・)、思うように身体は動かないし、娘はいるしでなんだか大変。

旦那は久々に帰ってきたのが嬉しかったのかテレビ見ながら大爆笑。私は娘に授乳しつつ飲めているのか飲めていないのか心配で、搾乳して与えて・・・の繰り返し。ベッドのシーツを変えて!オムツ替えて欲しいから先にシャワー浴びてきて!とか色々言うものの「まだご飯食べてるんだよね」とゆっくりご飯を食べる旦那にムカー!!!となり、私なんて数分で食べて急いでシャワー浴びて授乳しているのに・・・と悲しくなり、授乳中に娘がミルクを飲み込む「ごくん」という音が聞こえないからテレビを消して!と怒り、あの日の夜は本当に私はイライラが最高潮でした。

おっぱいを吸う娘のことをものすごい形相で見つめていたんですよね。全く幸せな母の顔をしていない、飲んでるのか?飲んでないのか?ってそればかり気にして眉間に皺を寄せて凝視していました。駄目ですよね、そんなんじゃ娘もリラックスして飲めるわけない。

家で過ごす最初の夜、娘は興奮したのかお腹が空いたのか全く寝れずで泣いてばかり。旦那は爆睡。いびきで寝れたもんじゃない。

私は娘とリビングに行き、ソファーで寝ました。そして絶対に母乳で育ててみせる!と気持ちを新たに、You Tubeで授乳方法などの動画を見て、上手く吸えない子供への対処法みたいなサイトを見て、見よう見まねでやってみたところ、ゴクンと飲む音と、胃に入っていく音?みたいなのが密着している娘の身体から感じられて、あー、飲んでる!とものすごく感激してまた涙。

お互いすごく疲れたけれど朝まで3時間ごとに授乳し、私は搾乳もして一晩過ごしました。

そしてヘバメがついに来てくれて、私のおっぱいを見てくれて、娘の吸い方などを見てくれて、一言「なんの問題も無いわ!ちゃんと出来てるわよ!心配すること無い!」と。私、このひと言にものすごく救われたんですよね。まだきっとシャワーの様には出てないから娘も吸うのが大変で寝ちゃうこともあるし、時間の割には飲めていないこともあるかもしれない。だけど搾乳した分とあわせてやっていけば問題は無いとのこと。

そして妙に眠りが深くて3時間ごとに起こすのもはばかられるんだと話をしたら、最大6時間までは寝させてOK、6時間越えたら起こしなさいと。あとは2~4時間の幅があって当たり前、欲しがったらあげなさい、と言ってくれて、「6時間」という時間枠にすごくホッとしたというか、今まで3時間3時間3時間!!と念仏のように唱えてやっていたから、6時間と言われて余裕が出来て、気持ちもすごく落ち着きました。

それ以来、授乳後は6時間のアラームをかけていますが、6時間寝ることもあるし寝ないこともある、2時間で欲しがることもあります。ただ私の気持ちがリラックスできているのか、おっぱいが出るようになったのか、ヘバメが最初に来て見てくれた日から何の問題もなく授乳できています。

旦那の指で訓練した結果が出たのか、何が一番大きな原因だったのかはわかりませんが、おっぱい訓練の中で思ったのは「言葉」の大切さ。「大丈夫よ」って言ってもらえることの安堵感にすごく救われました。

今では授乳していない間もじわーんと出てきてTシャツに染みこんでいることがあります。結局、私は人より時間がかかったのか、みんな同じなのかはわかりませんが、ミルクに助けられながら今は完全母乳の軌道に乗れました。そして、ようやくおっぱいを吸う娘の姿を幸せな気持ちで見つめられるようになりました。まだまだ片方吸って疲れて寝てしまったり、お互いの息が合わないこともありますが、1日1日上手くなっていければな、と思います。

産科を選ぶときに、授乳の方針とかそういうことまでチェックしておらず、私は病院の雰囲気優先で選んだのですが、「よほどのことが無い限りは母乳以外は与えない」というその病院の強いモットーがあったようで、根気よく指導してくれたことにとても感謝です。

ちなみに、おっぱい用のお茶を飲んでます。ドイツでは主流ですよね。子供のミルクなどが売っている所にはどこにでも売ってます。

st_20150804011518c4b.jpg

WELEDAのほうはなんかカレーの味がします。味的にはAlnaturaのおっぱい茶の方が私は好きかな。





☆産後の不安定な精神状態

Category : ドイツで出産
さて、ここからが入院生活のクライマックス(笑)
ものすごく長いですから読むのも疲れると思います。

私の精神状態がおかしくなっていきました。少しずつ少しずつストレスが溜まったのが爆発するのですが、まずは序章から。

出産翌日にやってきたパパとママ。待望の孫ですから是非見に来て欲しかったし、私もウェルカムな気持ちで出迎えました。「あなたのために」ってママお手製のハンバーグの固いのを作ってきた。塩からくて食べられたもんじゃない。じゃあ、パン屋さんでアーモンドのパンと、チョコクロワッサンと・・・・を買ってきたから食べるか?と。甘いもの攻撃。っていうかチョコレートって・・・。こっちは授乳してるし栄養のあるもん食べたいのよね・・・。

私の好きなスイカを切ってきただの(これは食べた)、トマトがあるだの・・・。もう食べ物はいらない。別に期待しているものが出てくるわけではない。

さあ、お祝いよ!と娘一人が生まれただけなのに、カードが3枚。ベビー宛て、ママ宛て、私たち家族宛て。はあ・・・ほんとカード好きね。

00 (22)

そしてゼクトを1本持ってきた。

って言うかさあ、飲めるわけないやん?どうしろっての?それにさあ、退院のときに荷物になるだけやん?割れ物やん?別に今もって来なくても良くない?って物を持ってきた。

そして、これ。頑張って作ってくれたみたい。



ベビーコーナーに飾ってって事かな。っていうかクマさんの目に糸が・・・ちょっと怖い。

00 (25)

ママたちが来る前に旦那が電話していて、何か必要なものがあるか?と聞かれたようで、その直前に私と旦那で「Spucktuch」っていう赤ちゃんのお世話に使うガーゼのようなタオルを出産準備で買っていなかったね、という話をしていてそれは後日買わないとという意味での会話だったのですが、何を思ったかママの電話でそのSpucktuchの話をしたみたい。

そしたら、ママが嬉しそうに持ってきた。40年前に旦那が赤ちゃんのときに使っていたSpucktuchだそうです。洗濯してアイロン掛けたのよ!って・・・。穴だらけでぼろぼろの布です・・・。どこまで保管してるんだか・・・。

00 (33)

ちょうど夕食が運ばれていてパンやチーズが並んでいます。ママがパパに「パンを一枚もらったらどう?お腹空いているでしょ?」と促すもパパは「要らない、これは2人の夕食だから」と断ったから、旦那が「いいよ、たべて」と答えたのに、かたくなにいらないというパパに「もらいなさい、食べなさい」ってママが真剣に怒り出していつもの小競り合い。

どうだっていいのに。もう何しにきたんだか、という状態。私はただ疲れただけ。でも孫を抱いてもらえてよかった。また2日後に来るんだって・・・・。

そしてその翌日は、旦那の友人夫妻がやってきた。このブログにもたびたび登場する、ドイツ人の頼りない旦那とブラジル人のごっつい奥さん、そして5ヶ月になる娘ちゃん。私たちの結婚式の立会人もしてくれた旦那の大切な友人ですので、もちろんウェルカムです。

面会時間は17時から19時の2時間のみ。通常、その場合「じゃあ○時ごろ行くね」という会話になるのが一般常識かと私は思いますが、そのような会話はなく迎えた当日。

私はその日からシャワーが許可されていました。昼から荷物を取りに帰った旦那に「彼達が来る前にシャワーを浴びたいから16時までには帰って来てね」と伝えたのに、そんなこと忘れてて帰ってきたのは17時。私はずっとイライラしていて授乳のタイミングとかもはかってたのに・・・。

で、一体友人達は何時に来るの?17時に来ちゃうの?シャワー浴びたかったのにな・・・。旦那に友人に電話してもらいました。そしたら「まだ出てない」って・・・。軽く40分ぐらいはかかると思います。まあシャワー浴びれるからいいけれどさ。

そして結局40分どころか、18時過ぎてから到着。こっちはいつ来るのかわからない2人を今か今かと待ち、授乳とかも調整してたのに!!まあ2人ともいい人達だしぜんぜん構わないんだけれど。面会時間もうすぐ終わるよ?って気にしているのは私一人。私、こういうルールはちゃんと守りたいほうなんですよね。

旦那に頼んで買ってきてもらった100%のジュースを旦那が2人に「飲む?」って聞いて飲むといわれて提供し、のどが渇いていたのか2杯ずつ飲まれ、私のために買ってきたものではなかったのか?と悲しくなる。

そして面会時間が終了したのに、帰る気配が全くないし、旦那も返す気配が無い。私は授乳したくて、でも2人の前でしたくは無い。だけどいつまでも帰らないし、仕方なく2人には背を向けてベッドの片隅で授乳。あー、こういうのが本当に嫌!

そして翌日、娘がおっぱいをちゃんと飲めていなかったことがわかり、体重が自然減より更に減ってしまいこのままでは駄目だということで、おっぱいトレーニングがスタートしました。内容はまた書きますが、3時間ごとに搾乳して同時に娘もトレーニング。

看護婦さんが根気よく指導してくれて私も旦那も必死になってたんですよね。別にミルクを足せばよいと私は思ったのですが、母乳第一の病院だったので本当に危なくなるまでミルクは足さない方向みたい。

トレーニングの準備をしているときにランチが運ばれてきて、今のうちに食べよう!と食べていたその日のランチはベジタリアンを選んでいて「クスクス」でした。

食べ終わる頃に「あれ?」っと思ったのですが、そのクスクスにはにんにくとたまねぎがたっぷり。ちょっと待って、にんにくやたまねぎって授乳にはあまりよくなかったような気が・・・(もちろん駄目ではないけれど、ガスが溜まったりするから控えめにってことですが)、それに気づいたときに、もしや病院食の選択も自己責任なのか?と思ったら怖くなって、病院のご飯だしと質は悪いけれど安心はしていたものの、別に授乳中に向けられて作られたものでもなく、ちゃんとメニュー表を見て決めなさいってことだったのか?とまた一つストレスが増えた。

ランチ後、おっぱいトレーニングの1回目がスタートしたときに、カメラマン(女性)がやってきた。赤ちゃんフォトのカメラマン。前日に訪問され、最初の1枚は病院からのプレゼントということで無料らしく、それ以外はフォトブックとかパネルとかあるのですがそれは欲しければ買うというもの。私たちは最初から買う予定はありませんでした。

病院からのプレゼントの分だけは、と思ったのでお願いしていたのですが、ちょうどその約束の時間におっぱいトレーニング中でした。カメラマンも子供相手のことだから時間通りにならないことはわかっているから、少ししたらまた来るね、と言って出て行った。

そこから2度、3度カメラマンは出入りして「どう?」と様子を確認に来るのですが、まだトレーニングが終わらなくて私たちも娘が寝入ってしまってどうしたらよいやら・・・・で看護婦さんを呼んで待っているところだったりしてなかなか進まない。

「じゃあ、また後で来るわね」と言って出て行ったけれど、もう私は写真なんてどうでも良くて、娘のトレーニングのほうが大事なので段々イライラしてきた。とてもやさしく言ってくるけれど、何度も何度も来られるとイライラする。

看護婦さんがシフト交代の引継ぎ中らしくなかなか来てくれなくて私も旦那もどうしたらいいやら・・・と眠る娘と搾乳したお乳を前に呆然・・・。

私は体が痛いのでベッドで待機。そしたらまたカメラマンが来た。

カメラマンからの提案は「今、可愛く寝てるから、寝てる写真でも撮りましょう」と言い出した。私は止めて欲しかったけど、もう何度も来られるのも迷惑だったから1枚ぐらいそれでもいいかとも思ったりもしていました。

たった1枚でも可愛い服を着せたかったので、退院のときに着る予定だった洋服を持って来ていてそれに着替えさせることに。旦那はトレーニング中で手に管をつけていたので何も出来ず、カメラマンが「私が着せてあげるわ」と言ってきて「よろしく」という旦那。

私はベッドの上から、そのやり取りを聞いていて、自分が娘のために!って何度も何度もお店に行って楽しみにして選んだ娘の最初の服を他人に着せられるなんて!と思って阻止したいけれど体が思うように動かない。

その瞬間、娘がオシッコをしていてまずはオムツを替えたほうが良いと言い出して、カメラマンがオムツを替えようとしたときに、「やめて!私がする!」と私は叫び、痛い体で本当は動かないのに、そのときだけは飛び掛るようにして娘をカメラマンから引き離し私がオムツを替えました。洋服も私が着せました。横でそれを見ていたカメラマンが「一人目のお子さんなのにずいぶん慣れてるわね?」とか色々言ってくるのもうざい。見られているのも苦痛。

あのときの私の本能みたいなのは自分で今思い出してもすごかったなと。看護婦さんとかは全く気にならないし、パパやママとか友人とかも別に気にならないけど、どこの誰か知らないカメラマンだったことが原因なのか、もう触らないで!と拒否反応を起こしました。

着替えた娘はカメラマンが用意したベッドの上の撮影エリアに寝かされ撮影開始。下唇をぎゅっと噛んでる娘の唇を外に出すのに娘に触れたりしている姿を見て、もう本当に嫌で、しかも後々のフォトブックのセールス用に何枚も何枚も撮る。

ぐっすり寝ているけれどあっちこっちに動かされる娘。もう私は涙と怒りで見ていられず、「一体何枚撮るの?いつ終わるの?」とカメラマンに食って掛かりました。そしてもうこれも本能でしょう、「もうやめてー!」と叫んで撮影場所から娘を取り上げました。

泣いて娘に謝って、トレーニングで疲れているのに本当にごめんねって何度も何度も娘に謝って抱きしめて、カメラマンには「もう写真なんていらないので帰って!!」と追い出しました。

カメラマンは私が娘の体重が増えていないことで悩んでいると思い込んでいたのですが、そうじゃない。「大丈夫よ」なんて慰めてくるけど全く違う。「また明日来るわ」と言い残して出て行きました。明日来ても頼むつもりはありませんが。

今思い出しても涙が出てきます。カメラマンは翌日やってきたけれど(そのときは私一人)、もう写真はお願いするつもりは無いので!ときっぱり断りました。「私が何かいけないことをしたなら謝るわ、今後の仕事のためにもちゃんと教えて!何かあなたに悪いことをしたかしら?」と散々聞いてきましたが、もう説明する気力もないし顔も見たくないので、「私が疲れていただけですから」と答え帰ってもらいました。あの後も病院内をうろうろする彼女を何度も見かけたけれど見るたびに気分が悪くなりました。

さて、そんなカメラマンとのいざこざのあった日、夕方パパとママがまたやって来た。17時に1分も遅れずに来ました。17時からまたトレーニングの予定で、相手なんてしてられない。ちょうどその日は退院に向けた検診の日でもあり、それが多分18時ごろになる予定で、18時は私の搾乳時間。でも検診に立ち会いたいから搾乳を早めてやることに。

もうパパとママは完全に邪魔。トレーニングは別に見ててくれてもいいけれど、搾乳はお願いだから見ないで!という感じ。あの搾乳機で搾乳してる姿って他人に見られたくないですよね??旦那は「牛みたいー」って笑ってましたけど、旦那だから許せるけれど、他の誰にも見せたくない姿です。

そしたらパパとママが「壁のほうを向いて座るわ」と2人して壁の前で壁に向かって私に背を向けて座ってる。もう、そうじゃないのよね、この場から去って欲しい。旦那に「出て行くように言ってくれる?」とお願いし出て行ってもらいました。

無事搾乳が終わったタイミングで呼ばれ検診に。

問題は無いが、体重がこれ以上減ったら退院は難しいとのこと。明日の午前中までトレーニングを頑張って、増えていたら帰宅可能とのこと。

病室で待っていたパパとママ。とりあえず落ち着いたのでママが夕食を作ってきたと披露。スモークサーモン、豆のマヨネーズサラダなど。そしてデザートにチョコムース。

見るからに甘そうなチョコムース。

00 (19)

私はママが持ってきたものは何一つ受け付けず、旦那もあまり食べずでママが結局自分で食べてた。帰る時にタッパーとか残されても荷物になるだけなので手付かずだったチョコムースも持って帰って欲しいけれど置いていくという。

このチョコムース、結局退院まで旦那も食べず、申し訳ないけど邪魔。蓋はあれど密封されない置くだけの蓋なのでこのまま持って帰るわけにもいかない。結局、最後、退院でバタバタしてるのに旦那が食べるしかなく、最後に急いで食べてました。

00 (20)

この日の私のそっけない態度にママがショックだったらしく、旦那もそれは感じていたようで「なんでママにあんな態度を取るの?」って言ってきた。日に日に溜まるストレスとその日はカメラマンからはじまって本当にイライラした1日で、トレーニングのことで結構精神的にも滅入ってるし、娘のことが心配だし、今は娘と旦那以外の人は誰であっても受け付けないと言いました。

日本人の友人たちも是非病院に行きたいって言ってくれていて、本当は是非来て欲しかった。でも私の帝王切開後の状態から、迎える余裕が無くて、でも友人達がそれを察して「無理させてまで行かないから、遠慮なく言って!」って言ってくれるその心遣いに本当に救われました。でも本当はママやパパより友人達に会いたかった。

退院後、ママがその日の私の態度について私と話したかったらしく何度も電話がかかってくるも授乳中だったり手が離せなかったりで話すことはありませんでした。今日、改めてママに会ったのですがその件には触れませんでしたが、私に相当気を使っているのは感じました。

今日は今日で寝ていたいのに朝食に呼ばれ、娘と義理両親の交流を妨げてはいけないと思って、気持ちよく向かったのですが、最後はやはりイライラしてしまって・・・。

何度も何度も、手伝いに行くというママ。私は「必要であれば言うから」と言うも懲りないママ。「今は誰かが家に来ることがストレスなの」(もちろん友人達はウェルカム♪)「お願いだから静かに過ごさせて!」と結構きつく言いました。「でも掃除とか洗濯とか出来ることがあると思うのよ、それかお散歩に連れ出すからその間あなたは寝てたらいいわよ」と。

「大丈夫だから!とにかく今は疲れてるの!お願いだから来ないで!」とまで言う私。渋々納得したようですが・・・。「でもお散歩は・・・」とかまだ言う。

散歩、散歩っていうから、ママが来ても散歩は出来ないよ!と答えました。というのも、ベビーカーの置き場所について、アパートの入り口に置いていいのかな、と私は思うのですが、旦那が駄目だと言います。うちは3階でエレベーターなし。

今までも置いていた人はいるけれど、たまたま入り口入ってすぐのところに住んでいる人でした。共有エリアなのでいくら1階の人の玄関前とはいえ、その人たちのスペースではないのでベビーカーは置けるはずなのですが、うちのアパートはよく「家の前に物を置かないように」っていう通達が来ます。でも結構みんな靴とか色々置いてます。

旦那はそれを理由に、置いてはいけないと言っています。今のところ毎回散歩のたびに家からベビーカーをわざわざ持って降りているのですが、旦那しかそんなことは出来ません。私はさすがに無理。

その話をママにしました。なのでママが来ても散歩は出来ないから!と。そしたら「なぜ入り口に置かないの?」という話になり、私にしてみたら「知らんわー」という感じです。ドイツの常識としてそれが「あり」なのか「なし」なのか私にはわからない。1階に住む人に断る必要があるのか無いのかそれもわからない。

「気になるなら1階の人にひと言置きますねって言ったらどう?」ってママは言いますが、その話はすでに旦那にしていて、旦那が「共有スペースだから断る必要は無い」と言っているので、「旦那に言ったけど言う必要は無いっていうから」と言い返した。

「ならばあなたが言いに行けばいいのよ」と言ってきた。このひと言に私、カチンと来て、なぜ私が?ここはドイツでドイツのルールも良くわからなくて、1階の人に言いに行くなら上手い言い方もあるだろうし旦那が行ったほうがいいに決まってる、それをなぜ私に行けと?と、冷静になったらたいしたことは無いのですが、現在の私の精神的な状態から、そのママのひと言に泣いてしまい、「なぜ私が行く必要があるの?旦那が行けばいいじゃない!!」と泣きながら言い返した。

ママがそんな私にびっくりして「ごめんねー」って慰めてきた。そして「じゃあ、ママが言いに行ってあげるわ!」と言い出し、ありえない方向に。「ママは関係ないでしょ!」と言い返し、泣く私が精神的に滅入ってると思ったか「やっぱりママがお手伝いに行ってあげるわ」ってそっちに向かう。「だから来ないでって言ってるでしょ!」と言い返す私。

その後、旦那とママは何か話し合っていました。結果、誰にも断らず入り口にベビーカーを置く、ということで落ち着きましたが。

私は一人で娘とリビングに座っていて、旦那、パパはお庭に座っていました。暑かったから外には出たくなかったし、もう話すのもしんどいから一人でリビングにいたら、パパと旦那とママはこれからアイスクリームを食べるそうで、いらないと答えた私にママがスイカを持ってきた。

そして「アイスクリームはみんなでリビングで食べたほうがいいかしら?スイカを一人で食べるのは寂しいわよね?それともあなたがお庭に出てくる?」と聞いてきて、もうそんなことどーでもいい。「Es ist mir egal!(どうでもいい)」と一言答えました。結局ママが外にいたい派のパパと旦那を説得してリビングに連れてきてみんなでアイス。

しんどい・・・。こういうどうでもいい会話がめっちゃ疲れる。

娘に授乳したいから別の部屋を使わせてもらえるか?と聞いたら、「ここ(リビング)でいいじゃないの?」とママに言われるも、「静かなところでしたいの!」と言い返し、私は別の部屋に移動。授乳が終わってもその部屋で娘と2人で過ごしました。これからはこの手が使えるな!

産後、訳もなく泣きたくなることがあるとか、涙が出るとかよく聞きますが、まさしくそんな感じです。たいしたこと無いのですが泣けてきちゃう。別に子育てに悩みがあるとか一杯一杯とかではなくて、今の私の状態は旦那へのイライラと入院生活で疲れ果てたドイツ語を話すことの負担。旦那が私の間違ったドイツ語を指摘したときに泣いたこともあります。今の私にそこまで求めないで!と。以前なら素直に聞いてたんですけどね。

なんか泣いてばかり。今週は旦那が仕事開始で2泊3日の出張に出るし、娘とゆーっくり過ごすんだ!寝たいだけ寝てやる!!友人が来てくれるので、思う存分話すぞー!





☆痛い思い出しかない入院生活

Category : ドイツで出産
話が前後しましたが、出産後の痛い話を。

夜遅くに出産して、翌朝4時ごろに就寝。グーグー寝る旦那とは正反対で、気持ちが高ぶっているのか全く寝れぬまま迎えた朝。麻酔が切れてきたのか傷や後陣痛というのでしょうか、陣痛のような痛みがやまない。痛み止めをもらっても効かず。

7時半ごろ朝ごはんを持ってきてくれる人から始まり、看護婦さんが都度様子を見に来てくれたり、赤ちゃんのお世話をしに来てくれたり。

授乳してみましょう!なんていわれても、私は寝たきりで動けない。寝た体勢でもできる授乳を教えてくれてトライして、でも私が出来るのはそれだけ。体は1ミリも動かせない感じです。

旦那は私が何も出来ないので、オムツがえなど全てやってくれます。とにかく可愛いみたいで娘のことになったら飛び起きてくれました。

私がベッドから見ていた風景。

22 (4)

私は何もしてあげられない、抱っこしてあげることすら出来なくて切なくて涙・・・。授乳ぐらいは!と思って旦那にお願いして私の横においてもらうも、看護婦さんみたいに場所が的確じゃないので上手く出来ない・・・。たった1センチ赤ちゃんを動かすことすら出来ない・・・。ごめんね、ごめんねって言いながら少しずつ動かしてみるも無理・・・。

横向きになることも、何も出来なくて・・・。尿もカテーテルがついているのでただ本当に寝ているだけ。一体いつになったら動けるんだろう?

でも意外にも早くその時はやって来た!

お昼前に看護婦さんが来て、カテーテルを抜きましょうと、でもそれは自分でトイレに行くということだから!といわれ起き上がる練習。もうこれが痛くて痛くて涙が出てくる。こんなに痛いなんて思ってなかった。「嫌ならカテーテル抜かないけれど、だからって良くなることは無い」みたいに言われて、抜きますって言うしかなく・・・。「最低3時間ごとにトイレに行くこと!」と言われ、3時間が来るのが恐怖でした。

2回目は旦那にお願いして手伝ってもらいました。背中の開いた手術服はそのままで、ネット状のパンツ?みたいなのを履かされていて悪露もあって、もう正直旦那に見せるのすらはばかられる姿でした。

痛い痛いと言いながら立ち上がりトイレに行く、一歩進むのに何秒もかかって・・・、トイレが地の果てにあるかのような遠さ(実際には5歩ぐらいですけどね)。便器に座るのまで手伝ってもらうしかない。トイレットペーパーに手を伸ばすのすら無理。

後ろの開いたパジャマの後ろの紐が結ばれていることもトイレで邪魔なので紐を取ってもらって、素っ裸に。ホント、旦那もひいてたんじゃないかと思います。

旦那は娘と私の世話をしないといけないし、可愛い娘に比べ私は痛い痛いとしか言うことがなく、ずっと唸っていて未だ一睡も出来ないまま。

出産翌日の出来事は今でも朦朧としていて、痛かったことしか覚えていません。何も出来ない辛さと痛さ、唯一の楽しみにもならない病院のご飯、促進剤2日目の夜以降シャワーも浴びてないし、もう自分がものすごく最悪な状態。

そんなぼろぼろな状態で夕方パパとママ登場。私はベッドから起きることも出来ない。途中、トイレに行きたくなってしまい・・・。こんなぼろぼろの姿は他人に見て欲しくは無いので部屋からお願いして出て行ってもらう。もうこういうのが精神的にきつかった。

そしてその夜、娘がずっとずっと泣いてどうしていいかわからない。ものすごい泣いているのに旦那は爆睡。その精神にびっくり。

私は一人で痛みに唸りながら娘をミリ単位で左に右に移動させてあやすものの、どうしようもできなくてナースコール。

看護婦さんが授乳の体制にしてくれたり、羊水で鼻が詰まって苦しむ娘を処置してくれたりするも全く寝ない。

傷は痛いし、授乳で乳首も切れて痛いし、マジでぼろぼろ。しかも血栓症を防ぐために履かされている白いパンストみたいなの、あれが痛い・・・。ちゃんとぴちーっと履けばいいのですが、帝王切開前にはかされて急いでいたのか適当だったりして、足首とかで皺が出来ていてそれがめっちゃ痛いんです!!

たとえ健康でも一人では穿けそうに無い、ものすごい圧力のかかったパンスト。中途半端な足の先。退院までずっと穿かされました。この履き替えが嫌でシャワーを浴びなかった日もあるほど。

00 (12)

ちょっと皺を伸ばしたいんです、でもそんな体勢取れるわけ無い・・・。もう痛いところがどんどん増えていく・・・。

でもその夜、必死で娘と向き合った時間が、この子を守るんだ!という強い気持ちになったのも事実。傷がものすごく痛いんだけれど、そんなことより娘だ!と抱きしめ語りかけ、何時間も試行錯誤、空が明るくなった頃にようやく寝た娘。疲れ果てたように寝る娘を見てごめんね・・・という気持ちしか出てきませんでした。

結局、また寝れぬまま1日がスタート。痛いけど立ち上がるしかない!自動でリクライニングされるベッドが唯一の救い。

00 (27)

それでも動くのは辛かったけれど・・・。ベッドの上についているハンドルは本当に助かりました。これが無かったら無理。

00 (26)

その日はベビーの写真を撮るカメラマンのセールスや、帝王切開の後の運動を教えてくれる先生とか、なんか人の出入りの多い1日。旦那は着替えを取りに帰っていて不在だし対応は私。

新聞記者が地元の新聞に載せるからと取材に来た。てっきり娘の写真だけ載せるのかと思ったのに、ママも一緒にと言われシャワーも浴びずもちろん化粧もせず、ぼろぼろ、クタクタの顔でローカル新聞に載りましたよ・・・(笑)しかも結構大きな記事だったことにびっくり。それだけ話題の無い田舎なのね。

色々インタビューされて間違って答えた事もあって(大したことはない答え)、後で記事を見た旦那に指摘されるもあの日はあれが精一杯。

一つ一つはたいしたこと無いのですが、出産や子供のケアにまつわるドイツ語なんて全然わからなくて会話がなかなか上手く行かなくて、言葉の面でのストレスもありました。今まで使ったことの無い単語ばかり。

尿のカテーテルが取れたかと思えば、次は便が出たかの確認。下剤をもらうが効果なし。帝王切開後の排便は重要らしい。看護婦さんが来る度に「出た?」と聞かれる。あぁ、ストレス。

出たか出たかってうるさいねん!便秘とは無縁の体調やねん!そんな食事で出せと言う方が間違ってんねん!まともな食事、持って来いや!!ふざけんな!

って言い返したかった…。

この辺(出産翌々日)から私の精神状態がちょっとやばくなってくるのです。そして翌日、爆発することに・・・。




☆噂に聞いてたドイツの病院食

Category : ドイツで出産
朝、娘がよく寝ていてまだ目覚めそうになかったのでその間にさくっとお買いもの。スーパーは旦那に行ってもらいますが、洗顔フォームとかおむつとか買いたくて自分で行った方が早かったので。今は旦那にあれこれ説明することのほうが負担。

相変わらず傷はちょっと痛むし、柔らかいベッドや低いソファーがキツいのと、ちょっとこの体勢からあの体勢に変わるのは無理~みたいなことはよくあります。

旦那へのイライラは日々増してるかも。いなきゃ困るけどいたらいたでイライラ。

産後1週間、ここに来て疲れが出てきたか、今日も散歩には出たのですが散歩の途中で本当にしんどくなってしまってベビーカーに寄りかかるように何とか家に帰ってきました。家に帰ってから3時間ほどかなり深く眠りました。お昼も食べず気がついたら夕方。そんな私が寝るのにあわせて昼寝する旦那。なぜ?あんた私が朝買い物に行ってる間もずっと寝てたよね?

今日は本当は旦那の友人夫妻の結婚パーティー(BBQなので軽い感じのパーティー)にご招待いただいていたのですが、旦那だけ行くことにしました。カードとプレゼントはマストですが、今日の今日まで用意してないんですよね。私は旦那の友人だからあえて私からは何も準備は促していませんでした。

今日になって、プレゼントどうしようだとかカード書かなきゃとか言い出して、全て本人に任せました。いつもパパやママにカードを書くときもそうですが、まずは旦那が下書きして私がそれをカードに書きますが、もう時間がなくなってしまってほんの数行を小さな紙に書いて渡すんだとのこと。

それでも私に書いて欲しいというので下書きをもらったのですが、ミミズみたいな旦那の文字が読めなくて、おまけに最初に○○さんへって書くその名前のスペルがわからなくて聞いたら、スペルアウトして言ってくれるのですが、ドイツ語のEとかIとかってエー、イーとかなわけで一瞬わからないんですよ。VとWもそう。

今日の奥様はヴェレーナさんってのはわかってたのですがVなのかWなのか、「もーーー、口で言わずに綺麗に書いて!!!」と泣き出した私。子供みたいですけど、しんどくてイライラして、こんないつでも出来たことを最初の2週間にやらずになんで今?みたいな。しかも横で娘はぐずって泣き出したし。

こっちはしんどいし、っていうか今日、本人に会うのになぜそこでカードがいるの?っていうドイツ社会全般に対しての怒りみたいなのもあって(笑)

さて、入院中の病院での食事についてさくっとレポートします。ドイツの病院食の酷さはいろんな人から聞いていたので覚悟のうえでした。だけど、だけど・・・やっぱりありえない!!

一応メニュー表があって選択できるようになっています。

00 (31)

朝はビュッフェでパン数種、ハム、チーズ、サラミ、ジャム、はちみつ、バター、ミュズリー、コーンフレークを好きに取って食べます。

お昼は唯一の暖かい食事。3種類から選べます。こちらがお昼の写真です。

00 (30)

00 (29)

00 (10)

8.jpg

22_2015073113564875e.jpg

全然食欲わかないし、トマトソースばっかり。味が毎日同じ。っていうか病院の食事とは思えませんね。

そしてこちらが夕食。夕食は冷たい食事です。パンの種類やハムの種類を希望できますが私にとってはどうでもいいです。

00 (2)

気づかれましたでしょうか、お野菜がございません。そしたら旦那が「あるよ、野菜!」とこのハムの中に入ってるんだって。中途半端な写真ですが、このハムに練りこまれたパプリカと豆?があるんだと。

00 (3)

野菜少しでいいので希望できませんか?と聞いて用意されたのがこちら!

00 (11)

カリフラワー、食べてみたら酢漬けでした。この黒いパンは栄養満点なんだそうです。

いやー。きつかったです。本当に。おにぎりもって行こうか?って言ってくれた友達もいて、本当にのどから手が出るほどお願いしたかったのですが、検査のタイミングとかも掴めないしで実現されず・・・。

旦那には時折果物買って来てー!と催促して買出しに行ってもらいました。今は果物が充実している時期なのでとっても助かりました。

袋に入ったままですが、もも、アプリコット、さくらんぼ、プルーンなどです。そしたら看護婦さんがプルーンは食べちゃ駄目だって言ってました、理由も言ってたけどあんまり理解できず。

00 (4)

ドイツで入院はもう懲り懲りです。






☆ドイツで出産

Category : ドイツで出産
なかなか生活のリズムがつかめずPCを開いたのは家に帰ってきて初!あまり寝られないのですが、出産の興奮が残っているのか子供がいる生活に気が張っているのか寝ようと思っても寝れないので、ちょっと慣れるまではあまり「寝なきゃ」って思いつめるのも逆効果かなと。まだよく考えたら一週間もたってないですし。

ということで、一応、出産の時の状況を。

促進剤投与が続いた最後の日に途中まで書いていた記事をアップしました。

☆促進剤3日目、険悪なムード

促進剤投与3日目の午後、4回目の錠剤投与が予定されていました。まずはランチ休憩のあと、先生の検査がありました。いつも検査してくれる先生とちょっと立場が上の感じの先生、助産師さん3人が立ち会っての検査。

日曜日ですでに3800グラムあったことなども考慮して、そろそろ赤ちゃんも大きくなってくるし(その日はすでに土曜日なので3800と計った日から5日経過していました)、検診の結果、子宮口の開きもまだ少ないということで「破水させましょう」との決断が下されました。

破水させるってことが、どの程度出産に近づくのかあまりよくわからなくて、ただ検査の後はCTGの部屋ではなく「分娩室」に移動するように言われたので、あれ、これははじまるのか?とドキドキしてくる。分娩室に入ったのは14時過ぎ(その後最終的に23時半に産まれています)

これが分娩室。赤ちゃんを処置する場所とかもあって、あー本当に赤ちゃんがここで産まれるんだーとしみじみ。

00 (7)

急いで外出した旦那に破水させるらしいと伝え(こういう時、破水とかよく単語がわからなくて連絡するのも一苦労・・・)、旦那も「戻ったらいいの?いつ?」とか聞いてくるけど「よくわからないからなるべく早く帰ってきて!」とお願いしました。

助産師さんはあのベテランおばちゃん助産師さん。聞けば前夜は当直ではなく遅番だったとのことで、今日も遅番。私を担当してくれらしい。嬉しい。このおばちゃんなら心配なく任せられる!ものすごい大きな体のおばちゃんですが心も大きくて「わっはっはーー」という感じの豪快さも好き。冗談言いながらものすごいテキパキしてるし、私はそのおばちゃんの名前がわからなかったのですが旦那には「おばちゃん」という名称で伝えていたので、その後苦しいときにおばちゃん呼んできてー!と言うときも「おばちゃん!Bitte おばちゃん!!」と何度も言ってました。

もちろんおばちゃんとの会話はドイツ語なのですが、なんかタイプ的に見かけからも大阪のおばちゃんみたいな感じで、話しかけてくるそのドイツ語が関西弁のように聞こえるから不思議(笑)。

破水の前にまずは促進剤を点滴で投与して、その後破水するとのこと。ちなみに結局、最終的には自然に破水したみたいです。

おばちゃんが「この後に備えてしっかり寝なさい、昨日みたいね!」と。実は促進剤2日目に錠剤を投与するも全く効かなくてCTGの間、いびきをかいて寝ていたらしい私。その姿が助産師さんのシフト交代のときの申し送りに伝えられていたらしく、それを聞いていたおばちゃん。

分娩室で一人にされて点滴が始まったのですが(14時20分)、そこからすぐに陣痛かな?と思われる3分おきぐらいの激しい痛みがはじまりました。陣痛ってほんとに波があるんだ!とびっくり。

このCTGの機械をじーっと見つめて、赤ちゃんの心臓が動いていることが救いというか、赤ちゃんに頑張れよーってそればかり思っていました。

22_20150801044534e5f.jpg

旦那が帰ってきたのが15時半ごろ、その頃には1分おきぐらいに痛いような・・・。一人だと耐えられた痛みも、旦那が来ると甘えからか涙が出て「痛いよー」って言う自分にも笑えました。

おばちゃんが来て、子宮口3センチだといわれPDA(無痛分娩)希望か?と確認されました。本当は水中分娩がしたかったのですがその分娩室は浴槽の無いタイプの部屋だったので、PDAを希望しました。

30分ぐらいして麻酔科の先生が2人登場。とってもやさしい女性の先生。ちなみに助産師、医師、看護婦、麻酔科医・・・・私が帝王切開で産むまでも産んでから退院までも全てのスタッフや先生が女性でした。一人も男性を見ませんでした。なんかみんな同じ女性としてかっこいいなーと惚れ惚れしました。

さて、PDAですが日本ではまだ色々賛否両論もあるようで副作用を含めたリスクなどもあるとのことでそこまで広く使われていないような様子をネット上では感じていますが、ここドイツでは日常的なのかな、と感じました。もちろん希望しない人もたくさんいるし、希望しても保険内なので追加費用はかかりません。本人の希望です。リスクなどに関しては分娩申し込みの際に麻酔科にて話を聞いていてすでにサインもしています。

PDAは背中に麻酔をします。注射程度の痛さで全く苦痛ではありません。ただ陣痛の波が来る中での処置なのでそれが辛かったです。ベッドに腰掛けて体を前に丸めて(お腹が大きいからしんどい体勢)、もう一人の先生が私の前にある台に立って、私の肩と頭をぐーっと先生の胸で固定してきます。背中を何度も何度も消毒された後、注射。

背中の注射から管が通されて私の左肩までやってきて麻酔薬を投与できるようになっていました。痛みに応じてその肩の管から追加投与が何度かされました。

時間にしたら30分ぐらいその処置を受けていたような気がします。途中からお腹より下?腰骨より下?あたりが全体的に麻酔が効いてきて歯医者の麻酔みたいな感じです。触られているけれど痛くないみたいな。熱い冷たいといった温度も感じません。でも足などを動かすことは可能。

そうすると、あら不思議!陣痛の痛みがすーっと和らぎました。ちょっとは感じるのですがあまり気にならない。それが多分17時ごろの話。そこで夕食が運ばれてきて食べていいよと言われる。って言ってもパンとチーズとハムですけどね・・・。果物とジュースは持参です、あくまでも真ん中のお皿に載ったのが夕食。

22 (3)

落ち着いたら睡魔がやってきて1時間半ほど寝る、ちなみに旦那も寝る。そんな余裕があるからPDAってすごいなと思いました。

子宮の入り口を誰かが無理に開けようとする力みたいなので目が覚めました。痛い・・・。波があるけれど陣痛という痛みよりぐいーーっと開けようとする痛み。追加で便を出したいような感覚もあって、このまま出ちゃうかもーなんて心配したり。おばちゃん来てー!!と願う私。おばちゃんはつきっきりではなく1時間に1回ぐらい様子を見に来てくれます。おばちゃんがくるとものすごく安心します。

少ししたらおばちゃんが来てくれて、便意はいい兆候!と言われ安心。おばちゃんにシフトは何時までかと聞いたら22時と言われ、是非赤ちゃんを取り上げて欲しいと伝えましたが「私ももちろんそう思ってるわ!でも、産まれるかしらねー、時間的にどうかなー微妙かなー」と笑ってました。

痛みがあるのでPDAを追加。医師が来てくれておばちゃんと一緒に子宮口をチェックし「すごいじゃない、通常1時間に1センチ子宮口が開くんだけれどあなたこの数時間でもう準備万端なぐらいよ!あと少しね」と妙に褒められる。

でもそこからまた待機。一体いつまで続くのやら・・・。おばちゃんの業務終了の22時が刻一刻と近づく。私はただただおばちゃんがいる間に産みたい!とそればかり願ってました。

残念ながら願い届かず、助産師交代。来てくれたのは若い方。初めて目にする方だけれど、すごく優しくて癒される。この助産師さんも安心できる感じ。おばちゃんは「がんばってね、今夜中には生まれるわよ」と言い残して帰っていきました。

助産師交代の後は(22時半ごろ)、なんだか妙に産む準備が始まって医師も来てくれて「さあ、それではいきみましょう」みたいな段階になって、あれ?こんなもんなの?っていうのが私の感想。PDAで痛みは和らいでいるから、陣痛ってこれで終わり?みたいな。ここでいきんで産まれてきたら、なんか拍子抜けちゃうようなそんな気分でした。

いきみ方を教えてくれて、「次の波が来たらいきみましょう!」と助産師、医師2人が待機して、旦那は部屋の隅に座って見守っていたのですが「旦那さんも手伝って!」といわれて仲間に入れられる旦那(笑)

陣痛が来るたびに医師の一人が私の胸の下ぐらいからぐーーーっと赤ちゃんを下に押します。それが痛い。5回ぐらいいきんだかな?

そろそろここで「頭が見えましたー、あと少しよ、そうよー、はい産まれました!」っていう展開を予想していたので、次かな次かな?とワクワクしながらいきむ私。

でも出てこなくて医師2人が色々話して赤ちゃんの酸素?をチェックするとの事で赤ちゃんの頭から採血します、みたいな事を言っていました。「黒くて長い髪が見えるわー」とのこと。

その結果、赤ちゃんがまだ十分に降りてきていないこと、酸素は今のところ大丈夫だけれどこのまま続けて危険な状態になるのも避けたいこと、よって帝王切開に移りたいがよいか?みたいな事を言われました。

そう来たかーという感じですが、私としては無事に生まれればいいのでお願いしますというしかなく、ただ先生が「ごめんなさいね」というニュアンスが強かったのでやはり自然で生ませたかったという気遣いみたいなのをすごく感じましたが、私はそこまでネガティブでもなく、ただただ無事を祈るばかり。

お決まりであろう帝王切開の色々をがーっと説明されてその場で署名させられる。そうと決まったらそこからの展開がめっちゃ早い。テキパキみんなが用意を始めて旦那も緑の手術着を渡され、その時点で23時過ぎぐらいでしたが助産師さんが、今日中には産まれるとのこと。そんなにすぐに産まれるんだーとそれにびっくり。

あれよあれよと準備が整い手術用ベッドに移り私はオペ室。キャーーこういうのドラマとかで見たことあるー!みたいなちょっとワクワク感もありました。廊下をベッドに乗って動かされる感じとか、すごーーい、みたいな。

オペ室に入ってからもスタッフが10人ぐらいいたのかな、テキパキと用意され「うわードラマだドラマ!」と興味津々の私。帝王切開の麻酔はPDAが有効らしく少し投与を追加して臨むらしい。あっという間に準備が整い旦那も呼ばれて、みたことあるーっていうカーテン越しの風景。向こうで何かが行われているけどよくわからないけど先生達真剣だ!という感じでした。

日ごろから血が苦手な旦那は倒れちゃうんじゃないかと本人も心配し、一応助産師にも伝えておきましたが大丈夫らしい。それぐらい話す余裕もあり。

5分ぐらいしてお腹を押されたりする揺れだけを感じていたら「オギャー」っと赤ちゃん誕生の声。「間違いなく女の子よー、あらー、髪がふさふさー」みたいなことを言われていたような。でも私はその泣き声だけで涙止まらずあまり覚えていません。

すぐに連れて行くわ!と、とりあえず一瞬見せてくれて、「数秒で準備するから!」と赤ちゃんをさくっと綺麗にしてくれてすぐに私の胸元にやってきました。かわいい・・・、この子だったんだ・・・。と旦那としみじみしていたら、私に急激な吐き気がやってきた。多分お腹を押されて胃が気持ち悪くなったんだろうと思います。

旦那に「吐きそう、吐きそう」と伝えるも「先生に言おうか?大丈夫?」とかのろのろしていて「さっさと言えー!!!」とイライラし、「気持ち悪い、吐きそうです!!」と声を出して訴える私。

とりあえず赤ちゃんに吐いてはいけないので(笑)、赤ちゃんを非難させてもらいました。助産師さんが「では旦那さんにカンガルーケアをしてもらうわね」と旦那と赤ちゃんを連れて出て行き、私には点滴が投与されて吐き気は落ち着く。

でもそこから私の腕や肩の周りのふるえが止まらなくて自分でもどうすることも出来ないぐらいずっとふるえていて、スタッフが「寒い?」とタオルや温風みたいなのを用意してくれましたが意味なし。ずーっとずーっとふるえていました。よくあることだから心配しなくても大丈夫だそうですが。

1時間はかかっていないと思いますが、後処置が続き、スタッフ達のあくびとかも聞こえて、なんかリラックスしてる感じが笑えました。PDAを処置してくれた昼間の麻酔科医の先生がずっと私の肩に手を置いてくれて「もう少しよ」とか色々話してくれていたのは覚えています。

ようやくさっきまでいた分娩室に戻ったら、旦那がいました。ずっとカンガルーケアをしていたらしく「スッゴイカワイイ!!」と言っていて、赤ちゃんはちょうど体重のチェックとかをされていました。3480グラムと聞いて意外にも小さくてホッとする。5000!とか言われるんじゃないかと内心ドキドキしてました(笑)

そしてまた私の胸に戻ってきて、助産師さんが来てくれて初乳をあげみましょう!とトライするも上手く行きませんでした。そこから旦那と赤ちゃんと3人だけで静かに分娩室で1時間ぐらい過ごしました。誰の邪魔もなくただ赤ちゃんとずーっと一緒に。なんか不思議な感じでした。旦那がカンガルーケアを出来たことはすごくよかったなと今は思っています。一緒に出産した感じがすごくするので。

そして病室に戻ってからもおむつだけされた真っ裸の赤ちゃんは私の胸にいて「いつまでもそうしてていいし、服を着せたかったら呼んでね!」と言われ4時?5時?ぐらいまでそんな感じだった気がします。生まれてからは本当に家族だけにしてくれて存分にその時間を過ごさせてくれました。そういう方針の病院なので余計に長かったのかもしれません。

恐らく、このタイミングからは義理両親が希望であれば立ち会えたのかと思われますが、いなくて本当によかった・・・。ちなみに産まれる前ぐらいに旦那がパパにSMSを送っていますが、PIN(ログイン)を紛失したらしく携帯が使えず状況は伝わっていませんでした。産まれた後、旦那が家に電話したら、たまたま飲み物を取りにキッチンに来たママが電話に気づいて取ったらしい。

外が明るくなった頃、ようやく寝ることに。とはいえ寝れたもんではありませんでしたが。

そこから数時間後?麻酔が少しずつ取れてきて傷の痛み?後陣痛?なのかもう痛くて痛くて辛い1日のはじまりとなりました。服を着せてもらった赤ちゃんはずっと私の横にいました。本当に1分も別々にさせないんですよね。産まれてから今日まで別々にいた時間なんてトイレやシャワーで一人になる時とか検診とかそんな程度、これも病院の方針なんだと思います。

翌日からはじまる痛い日々はまた改めて。













☆無事に産まれました!

Category : ドイツで出産
7月25日の夜に、予定日を12日過ぎて産まれました!

促進剤は3日目も効かず、旦那もイライラしてくるし、朝から喧嘩したりと色々あったその日の夜に産まれました。

自然分娩で最後の最後に緊急帝王切開。出産フルコースなぐらい色んな出来事がありました。また詳しくは後日。

気になる体重は、3480gでした。頭が大きかっただけみたいです。

私は帝王切開の後の傷みで起きあがるこも体勢を変えることすらできず、寝ながらおっぱいをあげるしか出来ません。

あとは全て旦那がベビーベッドを横付けし夜泣き対応もオムツ替えもやってくれていて、余りの献身的なお世話と溺愛ぶりに私が驚いてます。

私が逆に何もしてあげられなくてちょっと切なくなりますが、まずは頑張って体調を戻します。正直、陣痛より今の方がよっぽど辛いです。

とりあえず、無事に出産しましたというご報告まで。

日々たくさんのコメントありがとうございます。返信が思うように出来ませんが、全て読んでいます!








☆促進剤3日目、険悪なムード

Category : ドイツで出産
さくっと産まれました報告をするつもりで産科に行ったのに、なんだか促進剤レポートが続く予想外の展開。本日、促進剤3日目。朝から昨日と同じ膣への錠剤投与、様子見て散歩して、の繰り返し。

私は多くの時間をCTGのベッドの上で過ごし、旦那からしたら「ただ寝てるだけ」に見えるみたい。まぁ、たしかにただ寝てるだけなんだけど。何もせず寝てるだけなのも辛い、テレビでもあれば気も紛れるけど。

旦那の機嫌も悪いし、私も疲れるし、いいことなし。宿泊はファミリールームにはなったものの何も起こらないから旦那も泊まる理由がないと言い出すし、旦那の宿泊代はかかるしで、明日は帰ると言い出す始末。

食事付きとはいえ、ドイツの病院食だし、マジできついです。不健康まっしぐらという感じです。温かい食事は昼のみ。今日は「パサパサささみとパラパラライスのトマトソースがけ、塩味」みたいなランチ。それに、気持ち程度の葉っぱ(正式名称はサラダって呼ばれてたけど)、甘すぎて食べられないバニラプリンでした。

22_2015073113564875e.jpg

夜はまた例のカルテスエッセンです。食べたいものをヒアリングに来てくれますが、パンの種類を聞かれるだけで意味なし。ランチも三種類から選択可能ですが、どれも全く魅力なし。はぁぁぁ、いつまで続くのか。

そんな、入院後初の朝、起きた出来事。

その日の検査の時間は聞いてなくて、朝伝えるからと言われていました。朝御飯が7時半からなので、すぐに食べてスタンバイすればいいかなぁと7時頃に起きて身支度してたら、看護婦さんが迎えに来ました。

直ぐに来てくださいと。とりあえず旦那を起こして伝えて、CTGを30分程度のあと先生の検査があるからそこだけは一緒に来て!と。その後は付きっきりになる必要はないし家に帰るなり自由にどうぞと。

いくら身支度がかかる旦那とは言え、15分ぐらいで来るかと思ったら一向に来ない。いつも30分程度のCTGは15分程度で終わり、直ぐに先生の検査になり、今日も2日目と同じ錠剤投与で行くとのこと。旦那はいつまで続くのか、とか次の方向性が聞きたかったらしいが不在のためその辺は聞かぬまま、直ぐに錠剤が投与されて、2時間CTGで安静。

旦那はまだ来ない。助産師さんが朝食を取るかと聞いてくれてお願いしたら「希望は?」と聞かれ、初めての朝だから希望もなにも一体何があるの?って感じで・・・。朝食はビュッフェになってるので、旦那がいれば旦那に取りに行ってもらえば早いのにまだ来ないし、仕方なく絶対あるであろうパンとバター、ジャムならあるかとお願いしたら、パンの種類を聞かれ、もう「なんでもいいわー」と言いたくなる。

希望通り持ってきてくれたけど、私は起き上がったり座ったりしちゃダメだと。これは後日撮影したものですが、同じような感じです。

8 (2)

「パンを半分に切ってあげるわ、バターは一つ?それとも半分?」いや、薄く塗る感じがいいんだけど・・・。とりあえず半分でお願いし、ジャムもまた一つか半分かの選択。パンの上にはどっさりと塗られました。しかもドイツのKaiser Brötchen って食べるときパンくずだらけになるんです。一口サイズぐらいに切って欲しいわ~。

こちらも後日撮影ですが、何も無い正常な健康状態(笑)、姿勢で切ってもだいたいこうなってしまうパン。

8 (1)

寝ながら食べるも顔や首の周りがパンくずだらけになるし・・・。ハーブティーを持ってくるわ!といわれたまま忘れられたのか飲み物が来ず、のどはパサパサするし、塗られすぎたジャムがポトンとシーツに落ちちゃうし・・・。なんかもう旦那は一体何してるの!!こんなときしか手伝えないのに、なぜいないの!!とイライラして、携帯からワン切りを3回ほどするも来ず。最後はメッセージで「来て」と伝えようやく来てくれたのはもう1時間ぐらいたった後でした。

「どうしたの?」ってやってきた旦那、陣痛が来たと思ったらしい。

もうそんなとぼけた態度に涙が出て止まらない。聞けば、二度寝していたと。もう呆れてしまって・・・。でも旦那にしたらパンが食べにくい程度でそんなに泣くか?みたいなとんちんかんな回答。旦那も逆切れ・・・。

ほんと、あの時は効かない促進剤の日々に滅入っていたのもあり2人とも最悪な状態でした。そこからCTGの部屋で待つ旦那・・・。だからもう今はここにいなくてもいい!!!と返すものの、帰らない旦那。あー、イライラ。

そしてそこから数時間後、ランチタイム。

午後はまた同じ錠剤の繰り返しだからもう帰っていいよ、と旦那に伝え、予想以上に長引きそうな入院生活に必要な下着などを取りに帰ってもらい、夕食までに戻ってくればいいからと自由時間を与え、ランチの後2人で散歩して別行動に。

病院の真横に森があって適度な散歩道になっているので、そこを毎回散歩。産まれたら子供と一緒に歩きに来たい、でも本当に子供はいつか生まれるの?なんて言いながら、朝の喧嘩も仲直りして私は「お願い早くー」なんて言いながら小走りしたりスキップしたりしました。

そして旦那と別れて私は午後の促進剤へ向かったのでした。その後、急展開が起きました!









☆今日も変化なく終わりそうです

Category : ドイツで出産
今日(41w4d)も赤ちゃんの勝ちです!お腹にしがみついてます(笑)

今日は早朝から錠剤(膣)投与、散歩、CTG、2回目投与、ランチ、CTG、散歩と粘りましたが陣痛来ず。腰を誰かにずっと押されているような圧迫感だけを感じつつ、先ほど夜のCTGも終わり、また明日からとなりました。

でも、いつ来てもおかしくないので今夜からは入院です。今日はまた暑かったのですが、冷房のない暑い部屋で汗かきながら過ごしてます。

ファミリールームがあいていたので旦那も泊まれます。が、今日1日ずっと私につきっきりで、でも何も起こらず暇すぎて勉強にも飽きてイライラしていたので、寝る直前までフリータイムにし、家に帰って好きなことしてるみたいです。

00 (1)

今夜の夕食から入院食ですが、噂のドイツの病院食が期待通り出てきまして意気消沈。パン、ハム、チーズだけのカルテスエッセン(冷たい食事)です。

すでに空腹…。旦那はあまりにも嬉しかったようで私の分も食べてました。写真も撮ったので、また後日載せますね。

病棟に響く他の赤ちゃんの鳴き声がなんとも可愛くて、なんだか寂しい感じもしますが、今日も変わらず赤ちゃんはお腹でいっぱい動いているし、最後に名残惜しいのか、ますます動きが活発で元気です。

自然に産まれるまで待っても、この二日は結果は変わらなかったかもしれませんが、家にいて今か今かと待つよりは常に病院にいる安心感があります。

助産師さんも、先生も、看護婦さんもみんな優しくて(ちょっと怖い人もいるけど)、何でも聞けるし、産気付いてから来てバタバタ出産するより、色んな助産師さんと事前に交流できたのでその点も安心です。

今夜の当直の助産師さん二人は、中でもかなりお気に入りの助産師さんなので、今夜産まれたら安心なんだけどなぁ。

そのうちの一人は大ベテランのおばちゃま助産師って感じで、最初はあまりの気迫と体の大きさの迫力に圧倒されたのですが、時間がたつごとにかなり頼れるし、面白いし、根はめっちゃ優しいということがわかり、おばちゃまが来てくれると今はかな~り安心します。

今日は昨日に比べてお産が少なかったのか静かな1日でした。陣痛室もほぼ丸1日私だけでした。

さて、いつ産まれるやら。助産師さんからは夜中に産まれる可能性もあるから、寝れるうちに寝なさいねと言われてて、早く寝たいけど暑くて寝れないよ~。






-
Profile

miyabi

Author:miyabi
*
2007年春からドイツ暮らし。
ドイツ人夫と2015年に産まれた娘と3人暮らしです。物を持ちすぎないシンプルな生活を目指しています。お掃除、整理整頓が大好き。
ドイツの生活、仕事、子育てや旦那家族との関わりなど日々感じたことを綴っています。

Hello!
現在の閲覧者数:
NEW
Categorie
...
Comments
Monthly
-